『魔法のノート』  ~現実とは、単なる想いの投影です~

2015年1月 現実が創られる仕組みを攻略しました。

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本当の自分に還る決意



私は、エゴを解放して、本当の自分に還ります。







その第一歩として、今まで積み上げてきた観念リストの全削除を行いました。


PCに保存ていしたものは、全削除。


プリントアウトしたものや手書きのリストは焼却。
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死ぬ準備をしろっ (終)

勇気を出して、母に感謝の言葉を伝えました。


感謝している事と、謝りたい事を伝え終わりると、母から意外な反応がありました。


その反応とは、俺の生き方に対する駄目出しでした。





母 「ありがとう。  でもね、お前、これから先、どうするんだい?」



母 「お前はいつも、つまらない意地を張って、チャンスを逃しているよねぇ 」



俺 「え…!」



母 「あの時のアレや、この時のコレなど… (ダラダラ  」



俺 「うん… それは解ってるけど… 」



母 「そういう時に大事なのが、相手の意見を素直に受け止めることでしょ 」



俺 「だ、だからこうして素直になる第一歩として感謝を伝え… 」



母 「チャンスは一度逃したら終わりなんだよ」



俺  ( イラ…! イラ…! 言ってる内容、そのまま言い返してやりたい… イラッ)



母 「こんなんだから、お前の人生は上手く行かないんだろ」



俺 『コノヤロウ!!!!!!!!!!!! 』



  『黙って聞いてりゃ言いたい放題言いやがって!!!!!!!!!!!!!』



  『大体、お前が宗教を持ち込んでから、この家が全部オカシクなったんだよ!!!』



  『お前が宗教観念を取り入れたせいで、親父が死んだんだろうが!!!!!!』



  『この人殺しめ!!!!!!!! 親父を返せ!!!!!!!!!!!』



  『(自分の名字)○○家をぶち壊した原因は、全部お前だ!!!!!』



  『お前は!! 俺という鏡を見て!! 自分の姿を見直せ!!!(ガチャン!)』










・意地を張って素直じゃない

・自分の人生が上手く行っていると勘違いしているだけ

・自分を棚に上げて、自信たっぷりに説教してきやがる


説教の内容、そのまんまお前(母)に当てはまるじゃんって思ってたら、我慢できなくてキレちゃいましたwww



結論:岩の説教は聞けるが、鏡の説教は許せない。


 お陰で潜在意識の蓋がドッカン!!!と開きました。





この時、電話を切り終えると同時に、一瞬で怒りが収まった。(キレて楽に成った?)


そして内観。



-数分後-



「あぁ、全部俺だわ…。」


母 ⇒ 宗教信者、困ったときは神頼み。 ⇒自分の不幸を他人に責任転嫁している。


俺 ⇒ 父の死⇒母のせい。 ⇒自分の不幸を他人に責任転嫁してた。




同時に、潜在的にまだまだ母に依存してることが、よくわかった。


 「完全な自立をするなら、このまま絶縁宣言するか?」
 (待て、↑コレも我見だ)


 「でも、スッキリした。 伝えたいことは、ちゃんと言葉で伝えられたし。」






俺の人生、この日をもって



「○○しておけば良かった」



という人生から、



『○○して良かった』



という人生の第一歩が始まった。



おわり
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死ぬ準備をしろっ 3

   

自我Aの主張

「もう、“○○しておけば良かった” という、現実のスパイラルから抜け出したい!」

「このスパイラルから抜け出すには、ココで母と直接向き合う勇気を出すしかない!」

「現実は、俺が変わらなければ、何も変わらない!」




自我Bの主張

「オールオーケーなら、このまま何もしなくても良いじゃないか…。」

「母に向き合わなくたって、他の手段がきっと有る筈だ…。」

「このままだと、自分が自分で無くなってしまうようで怖いんだ…。」

「今の現実のままで、良いじゃないか…。」




----------


母への会話したい旨を伝えるメールを送ることが出来たのは、ここで自我Aの主張が勝ったということなんですね。


という訳で、その後の続きを報告します。



母にメールを宛て、「了解」を得た返信が来たものの、その後の連絡は返って来ないまま日付が変わったので、「また改めて時間に余裕が出来たらお話ししましょう」と伝え、現在に至ります。



この、「母から連絡が返ってこなかったという事象」 に対して、思考(自我)という自動制御装置が、

“理由付け”を始める訳です。


・「母から連絡が来なかったのはきっと○○○だからだ。」 …という具合に。


この思考の働きを 『自我B』 の活動とすると、更に別の思考の 『自我A』 が、

「ああ、また始まったなと」自動制御装置の動き(自我Bの働き)を観察できるようになった訳です。



自分と自我の関係(自我Aと自我Bの関係)を知る以前は、完全に自我Bの主張に飲まれてしまい、

感情をコントロールされていた訳ですが、思考はあくまでも


 “過去のデータを引っ張り出して分析した妄想”


であることを知ってしまえば、不安も消え去りました。




これは内観と浄化ワークの経験した結果ですが、ただ、以前と今には格段に違があります。



その違いとは、この自我Bに対して、感謝の気持ちでいっぱいなんです。




以前は、「この鬱陶しい自我Bめ! 浄化ワークで消滅させてやる!」


 という気持ちでしたが、今は、


「そうだよな、自我Bもこうやって、自分達を危険に合わないように心配してくれているんだよな…。」


「ただちょっと、真面目すぎて行きすぎるところがあるけど、決して悪い奴じゃないんだよな…。」


 って感じなんですね。


 元々自我だって、『只の自我』ですから。


 そこに理由を付けるから、憎くなってたんですよね…。




  自我Bよ!いつも本当にありがとう!







最後に自我Aの主張


 『俺の宇宙を浄化できるのは、俺だけだ!』


 『俺の宇宙を変えられるのは、俺だけだ!』


 『俺を救えるのは、俺だけだ!』


 『俺の現実を変えられるのは、俺だけだ!』




つづく

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死ぬ準備をしろっ ②


昨日は、母に直接感謝の言葉を伝えるべく、

「感謝できること」と「謝りたいこと」を箇条書きで書き出してみた。





今朝、起床しても布団から出たくなかった。


母に直接感謝を伝えるのは、恥ずかしい、照れくさい、怖い、等の思いが湧いて来たからだ。


その気持ちに身を委ねて、そのまま布団に籠もっていたら、インナーチャイルドの蓋が開いた。


・「自立するのが怖い、母と離れるのが不安だ…」


・「このままずっと、母に甘えていたい…」


・「このままずっと、母に抱かれていたい…」


・「このままずっと、母と一緒にいたい…」




そうか、これは… 俺が赤ん坊の時に身に付けた観念が、まだ残っていたんだ…




湧いて来た想念をその場で浄化したが、それでもまだスッキリしない。




すると、更に深い観念が湧いて来た。


・「やっぱり母に感謝の言葉を言うのは辞めよう」


・「不安のままで良い…」


・「人生が上手く行くのが怖い…」


・「このままで、いいじゃないか…」


・「変わるのが、怖い…」




そんな自我の気持ちを、ただ黙って受け止めてみた。





・・・・・








そして、夕方にようやく起床。


母に会話したい旨を伝えるメールを送る。



つづく

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死ぬ準備をしろ!

最近、こんな感情が内側から湧いてきた。


『恨んでも、いいよ』


『許さなくても、いいよ』


『善悪を手放さなくても、いいんだよ』




今までの人生、何事に対しても、『全て上手く行っている』 としか思えなくなってきました。


そんな境地の中で出てきた言葉が 『オール、オーケー』 でした。





オールオーケーであることに気が付いた、この人生で、


「生きている内にやりたいことは?」 と


自我に質問しても、答えが返って来ませんでした。





そこで、「死ぬ前にやりたいことは?」 と


質問を変えたら、返事が来ました。






その答えは、



「お世話になった人に感謝を伝えたい」



との事でした。






(自我問答は更に続く)


『人生でお世話になった人の中で、一番お世話になった人は誰だろう?』

『もし、明日死ぬとして、誰か一人だけに感謝を伝えるなら誰だろう?』







 「やはり… 母ですね…。」







 つづく

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