『魔法のノート』  ~現実とは、単なる想いの投影です~

2015年1月 現実が創られる仕組みを攻略しました。

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『幸福』 を求めて 「探し疲れた」 貴方に送ります。

最初に

もし、これを読んでいる貴方が現在、人生に一切の迷いが無く、幸福を感じて生きているならば、以下の文章は必要無いので、読まないことを推薦します。









『幸福』 を求めて 「探し疲れた」 貴方に送ります。


この世界には、数多くの幸福になれるための手段を示した、「教え」、「組織」、「宗教」などがあります。

幸福になるための方法がこれだけ沢山示されているのに、幸福を感じることができない人が多いのは何故でしょうか?

それは、幸福になれるためと謳った教えは本物と偽物があり、その内の殆どが偽物であるからです。

そこで、本物と偽物を見極める方法を簡単に説明します。



☆ その教えが 「本物」 か 「偽物」 かを見抜く方法

(1) 教えを説いている本人(組織)が、その教えの通りになっているか

例えば、人間関係を円満にする方法を説いている人、又は組織があるとします。
その人(組織)の教えが本物ならば、その教えを説いてる本人自身(組織の中)の人間関係が円満な筈です。
人間関係を円満にする方法を説いておきながら、本人自身(組織の中)の人間関係が円満でないのならば、その人(組織)の説く教えは、当てにしない方が無難です。



(2) 御奉納や喜捨(きしゃ)など、金銭をやたらとせびる

特に宗教関係に多いです。
神仏の名を語たり、その神仏の定めたルールに反することが病貧争災の原因とこじつけるのがお決まりのパターンで、金銭を捧げることで「神仏が定めたルールに違反した罪が軽くなる」 などという理由で搾取します。
これは正に神仏の名を語った暴力であり、不安を煽った恐喝以外の何者でもありません。
また、「○○を救える」、「運勢が好転する」、 「倍になって戻って来る」 などの未来への期待をさせて搾取する場合もあります。

自分で稼いだお金は、自分のために使ってあげて下さい。



(3) 現在ではなく、過去や未来の出来事に拘っている。

過去の神秘体験をやたらと強調したり、事あるごとに前世での出来事に結びつけて物事を押しつけてきます。
そして、教えの通りに行動すれば “将来幸せになれる” などの未来への期待を餌に引き込んできます。
同時に、教え通りに行動しなければ “明るい未来は無い” という恐怖を植え付けて離れられないように引き込んできます。
本当に大事なのは、『今現在がどうであるか』 です。“今現在” には、過去も未来も存在しません。

過去や未来という実態の無い出来事にエネルギーを注ぐより、今現在の実体のある出来事にエネルギーを注ぐべきではないでしょうか?



(4) やたらと “本物” あることをアピールする

これも神仏などを語る宗教関係に多く見受けられます。
我々の組織こそが “本物” や “世界一”や “選ばれた特別な存在” などを強調するのは、
我々の組織は “本物でない” と宇宙に宣言しているのと同じです。
自分たちが “本物ではない=偽物” だからこそ、“本物である” というアピールが必要になるのです。
自分にとって当たり前のことはワザワザ強調する必要がないのと同じで、『本物』 は 『己を本物』 と語ることはありません。

貴方が “選ばれた特別な存在である” ことを理由に、(辞めさせないように)強迫してきますので注意しましょう。



(5) 離脱する者に対して不安を植え付ける発言がある

この組織を辞めたら 「災難に遭う」、「思い通りの人生にならない」、「今まで以上に(運勢が)悪化する」など、これらのすべては、恐怖を煽って引き留めるための口実です。すべて聞き流しましょう。
はっきり言って上記のことは何も起こりません。(証拠は私)

どうか勇気を出して、他人に奪われた自分の 『人生の主導権』 を取り戻して下さい。





最後に


人間が 『本当の幸せ』 になるために、

“~~しなければいけない” ことなど、何ひとつありません。


証拠は私です。


私は、神仏の信仰を辞めたことによって、奪われていた人生の主導権を取り戻し、

『本当の幸せ』 を実感しております。

(正確には、何もしなくても 『最初から幸せだった』 ことを思い出しました。)



だだし、ひとつだけ注意してください。

例えどんなに極端な教えでも、貴方が 『心の底から信じたもの』 が、本物であり、真実になります。

ですから、もし貴方が神仏を信仰していて、本当の幸せを実感して生活しているのなら、私の言葉に流されないで、どうかそのまま神仏を信仰して下さい。



現在、貴方が信じている真実は、本当に 『貴方の真実』 ですか?

本当は、別の誰かが “創り出した真実” を受け入れてしまった結果では無いのでしょうか?

貴方の人生は、別の誰かによって “創り出された真実” に振り回されていませんか?

貴方は 『自分の人生の主導権』 を、貴方の尊敬する “誰か” や “実態の無い存在” に奪われてはいませんか?



貴方の 『人生の主導権』 を取り戻せるのは、『貴方だけ』 です。

貴方の心を縛り付ける、潜在意識に刷り込まれた呪縛の鎖を解けるのは、『貴方だけ』 です。



どうか、思い出して下さい。



貴方の人生は、“誰かのもの” ではありません。



貴方の人生は、『貴方のもの』 です。



人生の主導権を “誰かに” 奪われていると感じていて、
取り戻す方法を知りたい方はこちらへどうぞ

   ↓↓↓




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心の変化 【仕事編】 part4

自我が浄化ワークをしてあるがままに行動を起こしたら、自我の条件を満たすと思われる会社に出会った。



昨日、職安の紹介を受けて、本日とある会社に面接に行ってきた。

その会社は、環境調査の仕事で、将来的には勉強して資格を取らなければいけないという内容だった。

面白い程、自我の条件を満たしている。

・特殊な仕事がしたい
・多くの知らない人と関われる
・一カ所の現場に留まらず、全国各地を周ることが出来る
・女性も活躍している
・休日と収入はどうでもいい ⇒(仕事にやり甲斐があるなら)
・この仕事なら堂々と名乗ることができる



ただし、別の自我はこの条件を反発します。

・いや、仕事は休日と給料が最優先だ
・仕事に楽しさなんて求める必要はない、労働に対しての報酬こそが最優先だ
・仕事内容なんて簡単でいい、労働条件こそが最優先だ
・仕事に恥ずかしいも何もない、そのプライドこそが邪魔だ
・もっと徹底的に浄化すれば、こんな風に迷うことはない仕事に出会えるぞ


とまぁ、俺の自我オールスターズ達が遊びまくりです。





そして更に面白いのが、その会社の社長の言葉で、

「うちで働きたいか働きたくないかは、貴方が決めて下さい」とのこと。。。

採用の主導権を、求職者に託すなんて…



さぁどうする? 俺の自我よ。

お前が働いても良いって思ったら、こんな会社に出会ったぞ。

危険な方に飛び込むか?

それとも低空飛行でも安定を望むか?



“危険な方に飛び込め” というのも自我。

“危険は己の思い込みが創り出した幻想” と語るのも自我。

“危険も安定も同価値” と語るのも自我。

“やっぱりもっとじっくり浄化してからでも遅くない” と語るのも自我。





あぁ…

今の俺…

人間プログラム楽しんでるわ…

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“頑張る”とは、自我を満たす行為也。


これを思い出したとき、本当の自分が 『何者であるのか』 ということを断片的に思い出した。


『本当の自分』 を “自我の思考” で無理矢理理解させる言葉を使うなら、それは 『無』 である。

(思考そのものが自我の活動なので、“自我の思考” という表現は変だが…)




始まりも終わりも無い、永遠の 『無』



「大悟」を超えた先の 『超悟』 = 『本当の自分の源』 それが 『無』



“悟っていない” 状態とは、現在既に悟っていることを “忘れている” 状態である。



つまり、超悟していない(超悟している状態を忘れている)からこそ、超悟を語ることができるのだ。




人間プログラムも、すべてが幻想。




実態が在ろうが無かろうが、すべて幻想。




“妄想” も “リアル” も質が違うだけの同じ “幻想” だ。








“ 何 も 要 ら な い ” と宣言する者は、“ 何 も 手 放 し て い な 者 ” 也。
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森羅万象

2009年2月28日、布団の中で…


世界中で起こっている事象の


全ての総てのすべて


ぜーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんぶが


『本当の自分』 の “自作自演” であることを…


思い出だした。



森羅万象は 『本当の自分』の自作自演。



世界中に迷いと苦しみと争いという錯覚をもたらす【自我=エゴ】を創り出したのも、

『本当の自分』だ。





『本当の自分』 つまり 『宇宙の創造主』 である、これを読んでいる 『あなた』 は、

『体験』 という名の壮大な物語を創るために

相反するものから成立する三次元世界という “舞台” と

舞台の上で役割を演じる “役者” と

役者が演じるための “台本” を創った。



そして、物語を台本通りに演じる役者には “自我” が必要だったのだ。

何故なら、役者全員が、『本当の自分』 だからだ。

役者が自分で自分の正体を判ってしまったら、『体験』 という物語は成立しないのだ。



人間プログラムという体験の中で 『本当の自分』 が役者として役割を演じている間は、

「自分が何者であるのか」 という真実を知らない方が、演劇中の物語を真実と錯覚し、

より刺激的な物語となり、多くの体験を増やすことが出来るのだ。

『体験』 という物語は、そうあるべきとして 『本人自身』 で、そのように創り出したのだ。

役者が役にのめり込んで、我を(真実を)忘れているからこそ、

『体験』という物語が成立するのだ。



つまり、役にのめり込んでいる状態が “自我に支配されている” ということであり、

『自分』 が創り出した物語で、『自分』 が “役者を演じていた” ことに気が付くことが

『 覚 醒 』 だ。



そして、この “自我に支配されている状態” こそが 『本当の自分』 が書いた

『体験』 という名の物語を、台本通りに進めている状態なのだ。



だから、“可哀想な人” など、どこにも居ません。

“困っている人” など、どこにも居ません。

“助けなくてはいけない人”など、どこにも居ません。



もし、これを読んでいる貴方の目の前に【助けを求める人】が現れたとしたら、

それは貴方の中にある【助けたいというエゴ】を満たすために、

自らが創り出した存在であることを自覚して下さい。



貴方の【助けたい】というエゴを満たす体験をするには、【助けられる存在】

つまり “貴方のものさし” で量る “困っている人” が絶対に必要なのです。



そして、貴方の思う通り、好きなように行動して下さい。

その行動こそが 『本当の自分』 が書いたシナリオを忠実に再現することになります。

反対の表現をするならば、『本当の自分』 が書いたシナリオ以外のことは、

どうあがいても不可能です。



人畜無害な人間しかいない世界では、『限られた体験』 しか出来ないのです。

というより、元々はそうだった。


我々は、人畜無害な人間しかいない “楽園” に住んでいたから

限られた体験しかできなかったので “善悪の観念を取り入れる” ことによって

自ら望んで “楽園” を破壊したのだ。


自ら楽園を破壊することによって、楽園の本当の素晴らしさを体験するために、

この時代を創ったのだから。

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